プレッシャーに負けない心

医師が患者に対して手術を施しているところを眺めている看護師は、突如医師がいつもの淡々とこなしている手さばきに狂いが生じてしまう場面を目撃することがあるでしょう。その場面を目の当たりにした時点で医療ミスが発生したということを認識していき「まさかあれだけ腕のいい医師としてマスコミも取り上げるくらいなのに一体どうしたんだろう」という信じられない状況を飲みこめないことが起こり得ると思うのです。そして、その時の手術をしていた医師が多くの記事で医療ミスを犯してしまったということを取り上げられることとなり、あの時の悪夢のような出来事が世間からの冷たい視線として自分に向けられることで、その医師がこれからも今の病院で手術を続けることが難しくなって、医療ミスというたった一度の過ちにより名医としてのプライドがズタズタに切り裂かれていき、やむなく退職をしてしまうという事態が起こらないとも限らないのです。医療ミスが発生した現場に居合わせていた看護師は「腕の良い医師がまさかあんなことでここまで転落をするなんて今でも信じられない、何かの間違いであってほしい」という切実な想いを抱いていくと思うのです。
看護師として働いている方の中では、いずれは医師になろうという目標を掲げていることがあるでしょう。実際に医師となったのならば、看護師として患者に看護をしていたときとは違って、患者に健康を取り戻させるための手術をするという重大な責任が発生することから、医師になるのと同時に自分の手で患者を外の世界へと導けるように手を施していく権限が与えられていることを意識していくのだと考えられるのです。医師になることで医療ミスを起こして患者の命を落としてしまうことがあれば、その時点で医師としての価値を損ねてしまうものだというくらいのプレッシャーを抱いて手術に臨むことでしょう。自分が医師として行う手術によって患者が幸せになれたのならば、医師になったということが間違いではなかったのだと初めて気付いていくことになるのです。命をつなげる医療に携われる喜びが、次の患者へ向けられる手術の際に、「何が何でもこの人を助けていこう」という新たな気持ちで臨んでいくことになるのです。看護師から医師になる過程においての命の重みを感じる重圧に対して自分が耐えられるかが課題となるのです。

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